不要な薬・治療を求めない
「風邪に抗生物質」効果なし、薬剤耐性菌を生むリスクも
「風邪気味だな。念のため、抗生物質をもらっておこうか」-。病院でこのように抗生物質の処方を希望した経験はないだろうか。
風邪は、鼻やのどなどの粘膜にウイルスが感染して起こる感染症だ。細菌に対して働く抗菌薬(抗生物質を含む)は、ウイルス性の風邪やインフルエンザには効果がない。ところが、国立国際医療研究センターが今年2月に行った患者調査によると、「抗生物質(抗菌薬)は風邪をひいたときに効果がある」と思っている人が43.8%にも及んだ。
風邪やインフルエンザに抗菌薬を処方する影響は様々だ。まず、医療費が発生する。体への影響としては、胃のむかつきや下痢などの副作用を招く可能性がある。さらに、世界的に増えている「薬剤耐性(AMR)菌」を生むリスクも高まる。
抗菌薬を使うと、腸内に数多く存在する細菌のうち抗菌薬が効く菌だけが死に、効かない菌だけが残る。これが薬剤耐性菌だ。薬剤耐性菌には抗菌薬がほとんど効かないため、その後の病気で治療が長引いたり、場合によっては死に至るケースもあり、薬剤耐性は医療・健康分野の世界的な課題となっている。
政府はこれを受け、薬剤耐性対策アクションプランを作成。厚生労働省が医師向けの「抗微生物薬適正使用の手引き」を作ったり、今年から診療報酬の抗菌薬適正使用支援加算を新設したりするなどの取り組みを進めてきた。
とはいえ、臨床現場の対応はまだ道半ばだ。今年2月、日本化学療法学会日本感染症学会の合同調査委員会が全国の診療所医師を対象に行った調査で「説明しても納得しなければ処方する(50.4%)」と「希望通り処方する(12.7%)」を合わせ、実に6割以上の医師が「風邪に抗菌薬を処方する」と回答した。調査を企画・担当した国立国際医療研究センターの具芳明医師は「医師への啓発のみならず、一般の人に、風邪に抗菌薬が効かないことをしっかり理解してもらう必要がある」と指摘する。
過剰医療を見直す動きも
「風邪に抗菌薬」は氷山の一角。実は心血管疾患の発症を減らすというエビデンスがほとんどない「75歳以上へのコレステロール低下薬」、高血圧や心筋梗塞のリスクも伴う「心疾患・腎疾患がある人への鎮痛薬」など、医学的価値が低い「過剰医療」はまだまだある。
良識ある医師らがこれらを問題提起する動きもある。米国で2012年に始まったChoosing Wisely(賢明な選択)キャンペーンだ。医師らの働きかけで専門学会が、医学的根拠(EBM)に立脚した推奨がないのに医療現場で実施されている無駄な薬や治療を5つずつリストアップ。それらを一般市民に公表、啓発していこうという活動だ。今年9月末時点で、全米の80学会が約550以上もの過剰医療リストを作成。ウェブ上で無料公開している。
この運動は現在、欧州やオーストラリア、韓国に広がり、日本でも16年、チュージングワイズリージャパンが発足している。
「これまでに、総合診療指導医の団体が過剰な検査に関する5つのリストを、日本感染症教育研究会、国立国際医療研究センター病院が主に抗菌薬の適正処方に関する5つのリストなどを作成。医学生による学生委員会では、全国の医学生へのキャンペーン参加呼びかけや、米国版リストができることを期待している」(代表の小泉俊三医師)
その薬、治療は本当にあなたや家族に必要だろうか?医療の価値を見極める目を育て、賢い選択を心がけたい。
(日経ビジネスより抜粋)